銀座漂流記

 

一人目「ビッグフェイス」

 


「顔を、利かせすぎたのさ。」彼はサラリとそう言った。 

 

 ・・・顔を利かす?

 

 夜の銀座を徘徊する妖怪たちの中でも、彼ほど顔の大きな妖怪はいないだろう。
それはもう、世界中の威厳を寄せて固めたような大きさで・・・オーラが見えなくなるほどの大きさで・・・もうオーラなのか顔なのか、分からなくなるほどの大きさなのだ。

私は目の前に座るとあまりの自分の小ささ(器じゃなくて)にたじろいでしまう。

 いったい何が彼の顔をこんなに大きくしてしまったのか。

 

彼は、常に数人の部下や仲間を引き連れ、気前よく飲んで帰る。愚痴をこぼすことももちろん酔いつぶれることも女の子に下心を見せることもなく、そしてダラダラと長居することもなく、しかし定期的に、客がいないと電話をすれば部下を引き連れ助けてくれることもあり、どこまでもルールをわきまえた大人の余裕をみせてくれる。

ウィットに富んだ会話を好むため、気の利いたことの言える女性は好かれやすい。また生まれ持ってのリーダー格なのか、「『宍道湖』に住む魚を全部当てるゲーム(もちろん賞金つき)」など女の子を巻き込んだゲームもよく発案し、どこまでも粋な時間を演出してくれる(お客サンなのに)。

 

女性のタイプは、エキセントリックなものを求めることはなく、あくまで、聞き上手な、品のいい、そしてシャレのわかるというところだろうか。

 

しかしなぜ、だれもこの顔の大きさには突っ込まないのだろう。

 きっと色んな良いことや悪いことをして、そんでもって勝って勝って勝って勝つと、そんなかんじになっちゃうのかしら。それとも昔とんでもないミスをして・・・・と、想像だけは色々膨らませておいた。

 

あんまりストレートに聞くのも失礼と思い、私は遠まわしに時間をかけて探ってみることにした。

 

この妖怪、昼の顔は、日本の資源を担う大社長。その一日は、高層マンションのベランダで飲む、奥さんの淹れてくれるカフェオレからはじまり、サクサクと仕事をこなし(この辺はよく知らない)、早々と切り上げ仲間とともに銀座で酒を飲んだり賭けボーリング(相当強いらしい)、賭けマージャン(相当強いらしい)。週に3日はジムにも行く。その余裕と威厳、何事にもおけるスマートさは、まさに「日本の顔」と呼ぶに相応しい。過去現在に限らずどこを掘っても輝かしい功績しか見当たらず、暗い影とは無縁の男のように見える。

 

そんな住む世界がちがう私たちだが、一つだけ共通点を見つけた。
それは「いまだにガラケーユーザー。スマホ持つ気なし!」
思わぬ共通点に喜んだのも束の間…

「スマホの機能についているものは全部秘書がやってくれるからいらないんだ。」
私が持たない理由(落としたら割れるから)とはやはり違う。

 

また昔話が大好きで、少年時代の話を自らよくしてくれる。しかしこの昔話も、どこを掘ってもいい話しか出てこない。もちろん、飲み屋に来る客の話す昔話は杵柄話がほとんどで、ちょっとでもホステスをやっていればサラリーマンの武勇伝にはだれでも嫌気が指すだろう。しかし武勇伝といっても大抵は嘘だと見破れるものやたいしたことのない話ばかりなのだが、私は彼と席を重ねるにつれて「生まれつきの勝者っているのね」と、落胆とも違う妙な納得をしてしまった。

 

「社長、若いころから相当モテたんでしょう?」と聞くと「まあ、それはそうだよ」という感じでぼちぼち話し出してくれる。
最初は、風俗嬢から逆指名を受けただの学生時代からOLにナンパされただのという話を、(世の中男と女しかいないんだから)くらいの気持ちで、適当に聞いていた。しかしある時私が「若き日の社長にぜひともお会いしてみたいですね」と言うと、彼はおもむろにスーツの内ポケットに手をつっこみ、セピア色の写真を一枚、ぬっと取り出した。そこに映っていたのは…まるで、オードリーヘップバーンが生まれ変わったかのような美少年だった。世紀の美少年が日本家屋の部屋で柱にもたれかかり小首を傾げてカメラを見つめている。…あまりの美しさに私は絶句してしまった。
しかし一つ明らかになったのは、少なくとも彼は少年時代は「妖怪」ではなかったのだ。

 

そろそろ帰る時間も近づいてきたし、仲良くなれたことだし本題に入ってもいいだろう。わたしは赤ずきんちゃんゲームで本質に迫ることにした。

  

 「ねえ、どうしてそんなに鼻が大きいの?」

 

 「イイモノをたくさんたべたからだよ」

 

 「どうしてそんなに目が大きいの?」

 

 「昔ピッチャーだったんだよ、もちろん4番のね。」

 

 「顔が大きいのは、どうして?」

 

   「顔を、利かせすぎたのさ。」

 

  わたしはいつか、こういう人に暗い影を落とせる女になりたいのだ。